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うちの子物語

 
 
ギィコ… ギィコ… ギーコ…
 
 
 
錆びた館の中 古く寂れてしまった 車いすの音だけが響く


その音は時々止まり また ふとした瞬間に音は戻ってきて・・・それを繰り返していた





俺はただその音を聞きながら 小さく息を吐いて 止めた車いすを 再び押し出した




思いド忘れ



この館は昔からある

一体何時つくられたかは俺自身も知らない 

なぜなら この館には誰も近づこうとはしないからだ
 
俺自身もこんな館に住むことになるとは思いもしなかった



「・・・おい 生きてるのか」


車いすを押しながら 乗っている本人に優しく語りかける


そいつは 閉じていた目を薄く開けると 優しく微笑み 俺の手に自身の手を重ねてきた

 
『ふふ・・・不思議なことを聞くものだな・・・』

「五月蠅ぇ・・・ 俺が質問したんだ ちゃんと答えやがれ」



口では悪態をついているが 実際俺は 本心からホッとしていた




昔・・・ こいつが死の淵に晒され 足と腕が無くなった瞬間

俺は心の底からの絶望を身をもって味わった

今だって 語りかけているなか 返事が返ってこなかったらどうしようかと

とんでもない不安と戦いながら 必死の思いで一言紡いだのだ

「・・・」
『・・・ なぁ ××・・・』


突然の声に 心が跳ねた


必然的に 車いすを押すという行動も停止してしまう




「・・・ どうした」


先ほどとは別の想いで 精一杯のどを絞り 声をだした



『君は 私が好きか?』

















やばい





心臓がはやいとか それ以前に

普段なら一瞬とて 乱れない呼吸すら乱されてしまったことに驚愕する

顔は熱く 変な間合いがうまれてしまった

何か言おうと思いつつも 何も言えずに


ただ あいつだったら 何というのだろうかと 心の片隅で考えた




『・・・っ ふふっ ふははあははっ』


間合いが出来てしまったというのに あいつは何も気にも留めないかのように

ただ 昔のように豪快ではなくとも 楽しそうに愉快に笑っていた


あいつが笑った顔だなんて 何時ぶりに見ただろうか


その顔に昔の思い出も重なってしまい 思わず顔を背けた


「・・・急に何を言い出す・・・気持ち悪ィ・・・」


『いや・・・ ふと 昔のことを思いだしてしまってね・・・』



義手を絡めながら 艶っぽく笑う相手に俺はため息をつき 再び車いすを押す行動をはじめる




「・・・ 昔って 俺じゃない俺のこととかか」


少し嫌みったらしく聞いてしまう俺に 俺自身が苛ついてしまう


あいつはそれにまったく気づく様子もなく 話を続ける


昔よりは気性が静まったとはいえ この鈍感さは相変わらず変わらないらしい


『それもあるが・・・ やはり 皆との生活のことが忘れられなくてね・・・』



黒 黄色

懐かしい奴が 頭の中に思い浮かんでは沈んでいった



なんだ 俺自身も忘れられていないじゃねぇか


『あの時は本当に楽しかった・・・その分危険も多かったがね・・・

毎日が冒険で ケンカなんかもしたなぁ・・・そのたびに乱闘になって・・・』








がちゃんっ




古く寂れた館の中 先ほどまでとは別の音が聞こえた









倒れた車いすなんて気にも留めずに

俺はただ 乗っていた本人を押しつぶす勢いで抱きしめた



ただ 本人を押しつぶすことしか考えていなかった

 
 
 
 
先ほどまでの 館内の苔臭いとは別に あいつの・・・・バラのような・・・


どこか色気を含んだ香りに頭がクラクラする



それでも抱きしめるのをやめなかった 肩口があまり濡れていないことが憎たらしかった













俺は 俺じゃない




正確には 中身は俺 外見は 【あいつ】



俺は周りから言われる・・・いわば多重人格と呼ばれるものから生まれた存在だ



普段はあいつが生活をしており 夜になると同時に俺と精神が入れ替わる

そう 俺は本来 一つの人間ですらないんだ・・・







あいつは 車いすに乗っているこいつと・・・大層仲が良かった


いや あの頃は 車いすなんかには乗っちゃいなかったが・・・



とにかく 

あいつらは周りにいる奴らからも 冗談でも冷やかされる位には 本当に 仲が良かった


ベットで目覚めたら 隣りにこいつが居たなんていうことも しょっちゅうあった



しかし 俺自身・・・こいつに興味はなかった 



・・・いや実際には 興味をもってはならなかった・・が正しいかもしれん


だって その先に待ち受けている物が・・・・・

・・・・確実に意味のない事である・・・ということは分かりきっていたから




ベットの中・・・あいつが抱きしめていたこいつを見る度に心が痛かった

優しく髪を撫でていても それはあくまであいつのやったことになるだけで・・・




ただ 苦しかった








・・・俺はあいつの汚い部分 

あいつが微笑み 皆に慈愛をもたらすならば


俺は毒を吐き 皆に憤怒をもたらす




それでも

こいつは 俺を対等に扱ってくれた



分からない 容子があいつだったせいかもしれないが


それでも それでも






























『・・・ 君には叶わないな・・・やはり つきあいが長いせいかなぁ・・・』


耳元で 少ししゃっくりをしながらの掠れた声が聞こえた


でも その声はあくまで明るく振る舞うかのようで

余計に俺は苦しくて





あいつなら



あいつなら




















あいつならっ











「・・・何時までもこうしてるわけにもいかねぇな 悪ぃ 急に気持ち悪いことしちまって」



抱きしめていた手をゆるめ 離した片方の手で車いすを立て直すと


そのまま手を戻し ・・・こいつを抱きあげもう一度車いすに乗っける




『いや・・・気に病むことはない・・・・・・ すまないね』




最後の方は・・・ホントに聞こえるかどうか・・・まるで蚊の鳴くようなこえだった














俺は 車いすを押す



ギィコ… ギィコ…


鈍い音が また響きだした・・・





















俺は最後の最後に 車いすの音に紛れる位の声量で一言呟き

車いすにのっている・・・あいつの愛しいこいつを動かし続ける
























この車いすを押すぐらいのこと





「別に 俺じゃなくても良かったかもな」

補足

片方は五体不満足(義手や義足はつけている)で精神的に強靱な美しく誇り高い人
もう一人は体は満たされているけど精神がボロボロで欠けている人
 
お互い必要な部分が同じようにないのならば
無いもの同士

お互いで隙間を埋めようか

傷の舐め合いというには傷が深すぎて
お互いがお互いを必要としているからこそずっと離れない依存系コンビ